◆ 集合意識 「100匹目のサル」の話をご存知でしょうか。宮崎県の幸島という小さな島に住む野生の猿たちの中で、最初は小さなメス猿逸一匹が泥のついた芋を海水で洗って食べ始めた所、少しづつ他の猿に広がっていき、島全体の猿がいっせいに芋を洗って食べるようになり、離れた場所にある大分県の高崎山の猿までも同じ頃芋を洗って食べるようになったというのです。
個々の猿の意識が一定数まとまると、それが猿全体の意識に影響を与える事になり、猿の意識が深いところでつながっているという事になりますね。また一羽の鳥が食べ物を見つけると、何処からとなく他の鳥も集まってくるのをよく見かけますが、この事も同じ様なことがいえます。
私たちが普段何気なく発している想念も意識の深いところで繋がっています。百八の煩悩ががあると言われるように、様々な集合意識の層へと想った瞬間、瞬時にそれぞれの想いの意識層へと繋がります。
それぞれの想念エネルギーを雲に例えますと いくつもの層のようになっており、ポジティブな事を思えば思った瞬間そのポジティブな雲とチャネリングします。多く思えば思うほど発信した所へ何倍かになって返ってきます。この為楽しさが増し気分が高揚してきます。
またこの逆にネガティブな思いも同じ事でマイナスエネルギーとして3倍となって発した本人へ返ってきます。返って来るスピードが遅いので、大した原因もなく突然気分が落ちこんだりするのはこの為です。また悩み苦しみ等の結果としてあられてきます。
思う時間が長ければ長いほど怒りは増幅され想念波動の感覚を肉体細胞が感じ、普段の生活で何を多く思っているかで、性格がなど作られてしまいます。また一度発した想念波動は消える事はなく、今生の想念だけではなく、数多くの過去世で発した想念も蓄積されています。悩み苦しみなども自らが作り出してしまうので、プラス思考が良いと思いますね。
◆ 三位一体
深層意識の中心に大いなる愛、中間層に幽体としての意識状態、それから外側に人間としての肉体意識、意識は大きく分けると三層の構造になっており、またこの事を三位一体とも言いますがこれらの意識が一体の構造となっています。
幽体意識は死後の世界の意識の状態で、睡眠中の意識状態と同じことです。起きている時と寝ている時と意識状態が切り替わるのです。起きている時は人間としての存在感を感じる意識の状態となります。深層意識が人の本質であり、この意識の中心とが大いなる愛そのものと一体となっています。
◆ ひとつの愛の中
一度に二人の主人をもつことはできないという聖人の言葉があるように、愛という思いと人間という思いと、両方同時に意識することはできなく、どちらかを選択するという意味です。それぞれの意識の状態があるだけで、実在しているのはすべての本源であるひとつの愛だけです。
愛を深く追求していきますと、深層意識イコール大いなる愛には姿や形はなく無形無双のエネルギーであり、時間も空間もなくひとつの愛となってます。たったひとつの愛が全ての本源であり肉体や物も宇宙全てがこの愛によって現されています。また想像を絶する喜びであり智慧と力また全ての宝庫であります。
シヤンバラとか桃源郷といわれている世界も同じことで、言葉や表現の違いはあっても、真理はひとつ、すべてはひとつというように、根源である愛はたったひとつであります。
他人を感じていても、意識の世界においてはすべては自分という我であり、ひとつの愛の中の出来事です。愛に満たされるには、心の中に存在している愛と共にあることを自らの自由意志において追求していくことの中にあります。
自由意志において、ひとつの愛を深くから根良く追求し続けていくと、ひとつの愛の中に存在していることを実感し真実の愛を知ることとなります。
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